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カッチェン《ブラームス:ピアノ作品全集》より (1)ヘンデルの主題による変奏曲とフーガ
「ヘンデルの主題による変奏曲とフーガ」は、変奏曲の名手ブラームスの作品の中でも、最も技術的内容と音楽的内容とのバランスがとれた傑作と言われている。
「パガニーニの主題による変奏曲」も有名だが、両方とも技術的難易度の高い難曲。ヘンデルの方は長調で明るく陽気な色調で、パガニーニの方は短調で激しい感情が渦巻いている。

パガニーニバリエーションはミケランジェリの演奏が有名だったのでよく聴いていたけれど、このヘンデルバリエーションは最近になって良く聴くようになった。
ヘンデルバリエーションはアリア、25の変奏、フーガから構成されている。
「Aria」は、ヘンデルのハープシコード組曲変ロ長調(組曲第2集第1番)HWV 434の第2楽章アリアの旋律。ヘンデルらしい(と思う)小鳥がさえずるような明るく優しい旋律。

ブラームスの大学祝典序曲と悲劇的序曲も長調と短調の曲だったので、その関係に似ているような気がする。ブラームスは大学祝典序曲を書いた後に、陽気な曲を書いた後では短調の曲が書きたくなるとか言っていたそうだ。

ヘンデルバリエーションの録音はいろいろあるけれど、ゼルキンのライブ盤とカッチェンのスタジオ録音、それに若かりし頃のフライシャーの演奏を聴いている。それぞれの個性が良く出ていて、どれももとても好きな演奏。

ブラームス弾きとして定評のあったカッチェンは、この曲を愛奏していて、録音を3度行っている。現在CDで入手できるのは、2度目と3度目の2録音。
2度目の録音は1958年のもの。1949~1968年の録音を集めたDECCAのBOXセットに入っている。
3度目の録音は1962年のもので、集中的にブラームス作品の録音に取り組んだときの演奏。ピアノ作品全集に収録されている。
彼が大好きだった曲だけあって、演奏には曲に対する愛情と親密さが溢れている。カッチェンの弾くブラームス作品の中でも、とりわけ良い演奏だと思う。

Brahms: Works for Solo PianoBrahms: Works for Solo Piano
(1997/11/11)
Julius Katchen

試聴ファイル



Brahms - Julius Katchen - Variations & Fugue On A Theme By Handel, Op 24


カッチェンが弾くヘンデルバリエーションは、繊細さとダイナミズムが共存している。
この曲はカッチェン30歳なかば頃に録音しているせいか、抒情豊かな表現と若々しい爽やかさ、それに、力強さがある。
特に印象に残るのは弱音で弾いているところ。柔らかいタッチで弾く弱音は、優しさと暖かみを帯びているが、時として溶けて消えてしまいそうな脆さを感じさせる。
弱音でカッチェンがピアノを弾く時は、まるでカッチェンが心を紡ぐように、ゆっくりと自分の心を語っているような気がしてくる。
他の曲を弾く時でも、カッチェンはこの弱音でよく弾いているが、ブラームスのピアノ曲で聴くと彼の弱音の美しさが良くわかる。

カッチェンのピアノの音色にはほのかな暗さがあり、ブラームスの重厚な音楽の雰囲気には良く似合っていて、厚みのある響きの中からいろいろな情感がにじみでているような弾き方。
1つのフレーズの中でも起伏を細かく入れ、テンポを細かくずらし、表現は非常に細かくつけられている。
カッチェンは弱音の表現が極めて多彩で陰影が強くでる。音量もかなり落として、消え入りそうな響きの弱音を多用している。
弱音で弾くと、夢見るような透明感、消え入りそうな儚さ、優しい愛らしさなどの色彩を帯び、変奏によってそれを弾きわけている。スタッカート、レガート、テヌートもそれぞれ、変奏によってタッチを変えている。フォルテの量感・力感もあり、弾力のある力強いタッチで重みがある。
高速のスカッタートや和音の打鍵の鋭さ、弾力の強さ、濁りのない響きで、全体的に非常に引き締まった印象がある。
高速の和音で移動していても、強弱の起伏を細かくつけるところがあり、打鍵が良くコントロールできているように思う。

最後のフーガは、力強さと繊細な抒情が交錯しながら徐々に盛り上がって行き、最後には鐘が一斉に鳴り響くような華麗・荘重な響きで終わるとても堂々としたフーガを弾いているが、ゼルキンのような外へ向かっていく開放性や輝くような明るさのあるフーガとは違う。
何度も聴いていると、ゼルキンの弾くブラームスの方が明るく輝きがありすぎるといった方が良い気がしてきた。特に1979年のスタジオ録音は、あまりの明るさと輝きのために、ブラームス独特の陰影や繊細な詩情が薄れがちで、違和感を感じてくるところもある。

カッチェンが弾くブラームスはどちらかというと内側へと向かっていく力が強いと感じるが、それが弱音の繊細さと表現の深みにつながっていて、それでいて情感がとても自然に伝わってくる。
カッチェンとゼルキンの演奏はどちらも好きだけれど、カッチェンのピアノは抒情表現が繊細なので、ヘンデルバリエーションを聴くときはカッチェンのピアノで聴くことがどうしても多くなる。

カッチェンは闘病生活で演奏活動ができなくなった時でも、夜には自宅でブラームスのピアノ曲をいつも弾いていたという。彼が最後に心の拠りどころにした音楽は、ブラームスが残したピアノ曲。
カッチェンが弾くブラームスのピアノ曲を聴くたびに、彼の心が込められている演奏なのだと思わずにはいられない。





<メモ>
58年の2度目の録音と比べて構成力と表現力が増したことで、曲の広がりや奥行きが感じられ、立体感と構造的な安定感のある演奏になっている。
軽快な変奏はより軽快にリズム感を強く出し、フォルテはより力強くしているので特に左手のバスの安定感が増し、弱音はより柔らかくなり、変奏ごとの性格の違いがより明確に、鮮やかに印象づけられるように弾いている。
弱音で弾く叙情的な変奏は、細部まで繊細な表現が行きわたり、響きもより柔らかく透明感が出て、とても美しく情感の豊かな演奏である。

第1変奏は軽やかに、第2変奏はレガートでルバートをかけて切々と歌い、第3変奏はdolceで優しい弱音で、第5変奏は夢見るように流麗なレガートの弱音で弾いていて、とても情感豊かな演奏。
弱音で弾くところは消え入りそうな脆さのある音色を良く使っている。ゼルキンはもっとしっかりしたタッチで弾いているので、ゼルキンの演奏には明るい輝きがあり、カッチェンは夢見るような詩心がある。
打って変わって、力技のいる第4変奏は力強いフォルテで両手の和音をスタッカートで移動。力感があって重たい響きがする。第8変奏は左手が高速で連打する音が、心臓の鼓動のように力強く響く。
しかし、第11変奏になると再びdolceで優しく夢見るような心地のする旋律。第12変奏も弱音で弾いているが、ここはこれから眠りにつくような穏やかさ。
第13変奏は和音で主体の荘重な旋律。左手の分散和音が分散し、右手が強く悲愴感を出し、訴えかけるように朗々と歌っている。
第14変奏は、一転して速いテンポに変わり、力強く明るい喜びを歌うような華やかさがある。その後の変奏は軽やかなタッチで弾くところが多い。
第21変奏は沈んだ感情の中に溶け込んでいくような悲しさがある。第22変奏は軽やかで、これから旅立つかのような爽やかさ。高音の音色がとても澄んでいて愛らしい。
第23と第24変奏は、スタッカートやスケールを使って、終盤へ向けて盛り上がっていく。
第25変奏は最後の変奏。華やかで力強さのある変奏で、ゼルキンが弾くと明るさと喜びに満ちている輝きがある。カッチェンのピアノにゼルキンのような外へ向かう開放的な明るさや輝きはない。心の内面へと深く降りていくようなピアノだからかもしれない。

 『ジュリアス・カッチェンにまつわるお話』

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yoshimi

Author:yoshimi
<プロフィール>
クラシック音楽に本と絵・写真に囲まれて気ままに暮らす日々。

好きな作曲家:ベートーヴェン、ブラームス、バッハ、リスト。主に聴くのは、ピアノ独奏曲とピアノ協奏曲、ピアノの入った室内楽曲(ヴァイオリンソナタ、チェロソナタ、ピアノ三重奏曲など)。

好きなピアニスト:カッチェン、レーゼル、ハフ、コロリオフ、フィオレンティーノ、パーチェ、デュシャーブル、アラウ

好きなヴァイオリニスト:F.P.ツィンマーマン、スーク

好きなジャズピアニスト:バイラーク、若かりし頃の大西順子、メルドー(ソロのみ)、エヴァンス

好きな作家;太宰治、菊池寛、芥川龍之介、吉村昭、ハルバースタム、アーサー・ヘイリー
好きな画家;クリムト、オキーフ、池田遙邨、有元利夫
好きな写真家:アーウィット

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