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《The Art of Julius Katchen》より ~ ブリテン/ディヴァージョンズ <左手のピアノと管弦楽のための主題と変奏>
ブリテンの数少ないピアノ&管弦楽用の曲の一つ《ディヴァージョンズ~左手のピアノと管弦楽のための主題と変奏》は、元々は、第一次世界大戦で右腕を失ったピアニストのパウル・ヴィトゲンシュタインの委嘱により、1940年に作曲され、1954年に改訂されている。
初演は、ウィトゲンシュタインのピアノ、オーマンディ指揮フィラデルフィア管弦楽団の伴奏で、1942年1月16日にフィラデルフィアのAcademy of Musicで行われた。

パウル・ヴィトゲンシュタインは、あの有名な哲学者のルートヴィヒ・ヴィトゲンシュタインの兄。
ヴィトゲンシュタインは、ブリテンの他に、ラヴェル、プロコフィエフ、リヒャルト・シュトラウス、ヒンデミット、コルンゴルトなどにもピアノ曲の委嘱をしたところ、委嘱作のなかではこのブリテンの《ディヴァーションズ》が最も優れていると評したという。

委嘱作には、《左手のための協奏曲》(ラヴェル)、《ピアノ協奏曲第4番》(プロコフィエフ)、《家庭交響曲へのパレルゴン》および《パン・アテネの大祭》(シュトラウス)、《左手のためのピアノ協奏曲》や《2 つのヴァイオリン、チェロ、左手ピアノのための組曲》(コルンゴルト)などがある。

ラヴェルは、左手だけで弾いても両手で弾いているような幻想を与えるテクスチュアを意図したという。
ブリテンはラヴェルとは対照的に「この曲では両手で弾くピアニスティックな技術を模倣することは全くせずに、左手だけの旋律を活かして強調することに集中したのです。」と言っている。
たしかに、”Diversions(変奏曲)”という名の通り、左手が弾く旋律は曲想からリズムまで、バリエーションが豊かな変奏曲。
ウィトゲンシュタインがこの《ディヴァージョンズ》を評価したのは、ラヴェルやプロコフィエフほど技術的に難しくないこともあったのだろうけれど、この曲がピアニストの想像力を刺激するものを持っていたのも理由の一つに違いない。

《ディヴァーションズ》の録音はほとんどなく、カッチェン、フライシャー(小澤指揮ボストン交響楽団、1990年)、ドノホー(ラトル指揮バーミンガム市交響楽団、1990年)、オズボーン(ヴォルコフ指揮BBCスコティッシュ交響楽団、2007年)くらい。
ブリテンは、ピアニストとしてカッチェンを指名し、ロンドン交響楽団をブリテン自ら指揮して、1954年に改訂版を録音した。
現在入手できる《ディヴァージョンズ》の録音は、全てこの改訂版を使っている。
モノラル録音なので音が古めかしくて、響きの繊細さや伸びやかさとかが不足気味とはいえ、オケもピアノも音の分離はよくてクリアに聴こえる。

チャイコフスキー:ピアノ協奏曲第1番チャイコフスキー:ピアノ協奏曲第1番、リスト:ハンガリー幻想曲、ブリテン:左手のピアノと管弦楽のための変奏曲
(2004/10/27)
カッチェン、ガンバ(指揮)、ブリテン(指揮)、ロンドン交響楽団

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《Diversions on a Theme for Piano (Left Hand) and Orchestra Op.21(1940/54)》

Theme. Maestoso
金管楽器による主題は、一大イベントの幕開けのような勇壮で荘厳な雰囲気。

第1変奏 Recitative. L'istesso Tempo (Maestoso)
ピアノ独奏で弾く旋律はとても華やかで煌きがある。
Recitativeというとおり、声高に歌ったり、さえずるように囁いたり。
鍵盤上を高音から低音まで広く使って、グリッサンド、スケール、アルペジオに装飾的な音づかいなどで工夫して、左手1本の旋律なのに表情は多彩。

第2変奏 Romance. Allegretto Mosso
ピアノが高音でロマンティックな旋律を弾いていく。
ロマンスといってもロマン派的な情念はなく、ピアノの旋律はとてもシンプルでモダンな響き。
ピアノの旋律をかき消さないように、伴奏の厚みは薄め。

第3変奏 March. Allegro Con Brio
リズム感が面白い行進曲。ピアノとオケが交互に主旋律と伴奏の役割を入れ替えて演奏していき、最後には一緒に合奏する。
カッチェンの左手の旋律は、かなりタッチが強めで響きも太く量感があるので、オケと協奏していても存在感は十分。

第4変奏 Arabesque. Allegretto
エキゾチックな雰囲気のあるアラベスク。高音でカスケードのように流れるピアノの旋律が綺麗。

第5変奏 Chant. Andante Solennemente
オケの演奏でモチーフが提示され、今度はピアノがそのモチーフを弾いていく。
とても密やかで内省的な雰囲気のする旋律。

第6変奏 Nocturne. Andante Piacevole
ピアノが高音部のアルペジオで伴奏していき、オケが主旋律を弾く。
アルペジオが、徐々に切りあがっていくように移調して、高音へと移動していく。
ピアノのアルペジオはクリスタルような透明感と清々しさがあって、とても綺麗。
オケの旋律も、まるで海の中を漂っているかのような幻想的な雰囲気がする美しさ。

第7変奏 Badinerie. Grave – Vivacissimo
”Badinerie(バディヌリー)”とは、バロック音楽舞曲調の小品のことで、フランス語の動詞「バディネ badiner」(冗談を言う、ふざける)に由来するという。
標題とおり、少しユーモラスでテンポの速い舞曲のような曲。
ピアノが弾く主旋律は、軽妙で気ぜわしい感じが良く出ている。

第8変奏 Burlesque. Molto Moderato
ピアノが弾くリズムと旋律が、一風変わっていて、どこかしら調子はずれで不思議な雰囲気。
マルカート気味のタッチで微妙なためがあり、フレーズ末尾の音のアクセントがよく利いている。
この変奏は特に、他のピアニストよりもカッチェンがかなり上手く弾いている。

第9a変奏 Toccata I. Allegro
一転して、何かが起こりそうな雰囲気のする旋律。
ピアノとオケがそれぞれ同じような音型を演奏する。低音部から高音部へと徐々に切りあがっていって、最後は一気に視界が開けたような開放感がある。
ここで次の第9b変奏へとアタッカでつながっていく。

第9b変奏 Toccata II – Cadenza. L'istesso tempo- (Attaca)
第9a変奏の主題と同じ音型が変形されて、オーケストラパートがリズムよく勇壮で華やかになっていく。
最後には、即興風の軽やかで装飾的な旋律をピアノ独奏で弾いていく。
コロコロと玉が転がっていくような細かく滑らかで軽快な旋律から、オーケストラ独奏に変わって徐々に沈静していき、アタッカでadagioへ。

第10変奏 Adagio
内面に深く沈潜していくかのような雰囲気の変奏。
オケの演奏で始まり、それからピアノが叙情的な旋律を弾き始める。美しくはあるがやや不協和的。
ロマン派風の感情移入型アダージョとは違う、硬質でクールなアダージョ。

Finale - Tarantella. Presto Con Fuoco
冒頭からピアノが速いテンポで旋律を小刻みに弾いていく。
面白いリズム感と、軽妙だが少し不可思議な雰囲気のある旋律が特徴的。
同じ音型が変形されていき、中盤まではピアノがかなり前面に出て、徐々にオケが厚みと音量を増して、最後を締めくくる。
このクライマックスへ向かっていく盛り上がりがとても爽快。

                                    

各変奏の旋律やリズムがかなり面白くバリエーション豊かで、知的なセンスの溢れる変奏曲。
ピアノ独奏曲にも共通する都会的・現代的な雰囲気と才気・ひらめきの輝きを感じる。
主題と変奏の関係はかなり自由度が高いようでなので、楽譜を見ながら聴けば、主題や変奏・変奏間の関係などの曲のつくりがよくわかるように思える。
ピアノパートは全体的に旋律・リズムの面白さや美しさを生かしたシンプルな音づかいなので、和音が少なく音の厚みは薄い。
オーケストラがピアノをかき消さないように、ピアノ独奏とオケ演奏が交互に配置されたり、オケ伴奏の響きの厚みと音量をやや抑えているせいか、ピアノの存在感がしっかりある。
ラヴェルの《左手のための協奏曲》とは全く違った方向性の曲で、面白さからいえば、《ディバーションズ》はラヴェルをはるかに上回っているように思える。

カッチェンの演奏は、硬質のタッチと透明感のある響きで、全体的に骨格がかっちりとした引き締まった感じがあり、フライシャーと比べるとややストイック。
ロマンティックさよりも、現代的なシャープさと知的な雰囲気が漂っている。
高音部の澄み切った響きはとても美しく端正な感じ。
Toccataのような激しく力強い変奏は、鋭く重いタッチでなかなか迫力がある。
Burlesqueもそのタッチがよく効いていて、重々しさのなかにどこかした可笑しさを感じさせる。
速いテンポの曲はスピード感もあり、強弱のコントラストもよく効いている。

フライシャーが弾くと、柔らかめの伸びやかな音で演奏自体も丸みを帯びている。
表情のつけ方もポップな感じというか、色彩感が強めで全体的に明るい色調でロマンティックで華やかなところもある。
そのせいか、Romanceではとても優雅な雰囲気が漂うが、逆に厳しさのあるToccataなどは、タッチが柔らかくて鋭さがもう一つで、カッチェンに比べるとやや迫力不足気味かも。

録音年の差によるモノラル録音とステレオ録音の違いがあって、オケとピアノの音自体はステレオ録音のフライシャー盤の方が格段に色彩感があって響きも良い。
オケの方は本職の指揮者である小澤の指揮がややドラマティックで色彩感がある気はする。
ブリテンの指揮と比べてオケの音量がやや大きくて、時々ピアノがかすんでしまうところがある。
逆に、ブリテンはカッチェンのピアノが弾く旋律がクリアに聴こえるように、オケを上手く指揮しているように感じる。(録音方法の違いで音の聴こえ方が違うのかもしれない。)
ブリテンとカッチェンがステレオ時代に再録音してくれていたら..と思うところはあるけれど、その計画があったとしてもカッチェンが早世したために、不可能になったのかもしれない。


 『ジュリアス・カッチェンにまつわるお話』

 ジュリアス・カッチェンのディスコグラフィ

tag : カッチェン ブリテン

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ディヴァージョンズ
こんにちは。

ディヴァージョンズのおおよそのことがわかりました。ありがとうございます。

それにしてもカッチェンって、レパートリーが広いですね。
ブリテンの変奏曲と連作組曲
よんちゃん様、こんにちは。

ディヴァージョンズは最近聴いた曲ですが、とても気に入っています。録音するピアニストがこんなに少ないのが不思議です。
ブリテンは変奏曲や連作組曲を得意としていたようで、フランク・ブリッジ・バリエーションや、過ぎ去りし時、グローリアーナなどの連作組曲とかがあります。このジャンルの曲は、特にブリテンの才気とひらめきが短い変奏や曲の中に現れていて、面白いと思います。
他にもブリテンのCDがいろいろたまっているので、順番に聴いているところです。リヒテルが弾いているピアノ協奏曲もとても良いです。

カッチェンの現代物(ローレムのソナタなど)はかなり冴えた演奏です。ブリテンがカッチェンをソリストにして、ディヴァージョンズを録音した理由もよくわかります。
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yoshimi

Author:yoshimi
<プロフィール>
クラシック音楽に本と絵・写真に囲まれて気ままに暮らす日々。

好きな作曲家:ベートーヴェン、ブラームス、バッハ、リスト。主に聴くのは、ピアノ独奏曲とピアノ協奏曲、ピアノの入った室内楽曲(ヴァイオリンソナタ、チェロソナタ、ピアノ三重奏曲など)。

好きなピアニスト:カッチェン、レーゼル、ハフ、コロリオフ、フィオレンティーノ、パーチェ、デュシャーブル、アラウ

好きなヴァイオリニスト:F.P.ツィンマーマン、スーク

好きなジャズピアニスト:バイラーク、若かりし頃の大西順子、メルドー(ソロのみ)、エヴァンス

好きな作家;太宰治、菊池寛、芥川龍之介、吉村昭、ハルバースタム、アーサー・ヘイリー
好きな画家;クリムト、オキーフ、池田遙邨、有元利夫
好きな写真家:アーウィット

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