ショスタコーヴィチ/ピアノ協奏曲第1番 

2009, 01. 17 (Sat) 20:19

ショスタコーヴィチのピアノコンチェルトを聴こうと思ってCDを探していたら、面白いのを見つけたので早速手に入れた。
このCDには、初期の作品を中心にジャズの影響を受けている曲、映画音楽、ピアノ協奏曲第1番と第2番が収録されている。
初期の前衛的な作曲家や社会主義体制下のシリアスな仮面をかぶった交響曲作曲家としてのショスタコーヴィチとは違う、”エンターテイナー”(リーフレットの表現です)としてのショスタコーヴィチを聴いているようなものだ。

Shostakovich: Piano Concertos Nos. 1 & 2; Jazz Suite No. 1; Tahiti Trot (Tea for Two)Shostakovich: Piano Concertos Nos. 1 & 2; Jazz Suite No. 1; Tahiti Trot (Tea for Two)
(2006/12/19)
Dmitry Shostakovich、

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(このCDはHMVで1曲づつダウンロード販売している。)

このライナーノートは、超廉価盤のわりには良くまとまっていて、時代背景から作品解説まで一応はカバーしている。
1920年代は、米国から欧州へジャズが紹介された時代。ソ連でもジャズが輸入されてはいたが、ブルジョワの退廃した文化という批判もあれば、大衆的で生き生きとした側面を評価する人もいたそうだ。
収録曲は全部で7曲。()内は作曲年。

 -ジャズ組曲第1番 (1934年)
 -ジャズ組曲第2番(舞台管弦楽のための組曲) より第6曲「ワルツ2」(映画音楽「第2軍用列車」より)(1955))
 -タヒチ・トロット (1928年)(ユーマンスの有名な「二人でお茶」の管弦楽編曲版)
 -「馬あぶ」からのオーケストラ組曲 (1955)
 -ピアノ協奏曲第1番 ハ短調 (1933年)
 -ピアノ協奏曲第2番 ヘ長調 (1957年)
 -映画音楽「忘れがたき1919年」 (1951年)

ソ連当局の覚えめでたくはないショスタコーヴィチにとって、映画音楽は大事な生活の糧になっていたという。

ジャズ組曲第1番は、戦前の米国のダンスホールで聴くような音楽であまり好みではない。
ジャズ組曲第2番のワルツの方は、とても華やかで壮大でそこはかとなく哀感漂うワルツ。ハチャトリアンの「仮面舞踏会」ばりにドラマティック。これはとっても良い。

ジャズ組曲、タヒチ・トロット、「馬あぶ」からのオーケストラ組曲まではBGM的に気楽に聴ける。最後の「忘れがたき1919年」 も映画音楽らしい華やかさがある。

                                  

ピアノ協奏曲第1番と第2番は他の曲とはもちろん風合いがかなり違うが、軽快で明るい色調という点では共通しているところがある。
ピアノはドミートリ・アレクセーエフ、伴奏はイェジ・マクシミュク指揮イギリス室内管弦楽団。
プロコフィエフに比べて、色彩感は薄くて打楽器的な奏法のピアノ曲ではないが、リズム感が良く軽妙で表面的には強烈な毒気は薄い旋律とハーモニー。

第1番は、ヴィルトオーゾ・ピアニストとしても優秀だったショスタコーヴィチが、自ら弾くために作曲した曲。
ライナーノートによると、マーチやスローワルツを従来とは異なる方法で使っている上に、中途半端は楽曲の引用、パロディ、雰囲気や方向性を突如として変えることで、聴衆を絶えずいじめているような曲。
第1楽章の冒頭のピアノは、ベートーヴェンの「熱情ソナタ」の引用。かなりデフォルメされているけれど、言われてみればそういう気がする。こういう引用があちこちにあるらしい。全部わかったら凄い。
第1楽章はひと時も立ち止まらず、姿を変えながらたえずあちこちを走り回っているような曲。こういう不安定な疾走感が面白いかもしれないが、一体何を意図してこういうつくりになっているんだろうと考えてしまう。

第2楽章は穏やかだがやや陰鬱な緩緩楽章。ピアノが弾く旋律自体は美しいが、徐々にピアノがやや悲愴感を漂わせながら盛り上がっていき沈静し、その後に弦が優しく慰めるように続く。最後にはオケの伴奏もピアノも消えて去っていくように終わる。

第3楽章は、透明感のある美しく叙情的なピアノの旋律で始まるが、不安定を感じさせる旋律になり、その後には重苦しい弦の合奏。これは早々と終わって、続いて第4楽章が切れ目なく演奏される。
走り出すかのようにピアノとオケが速いテンポで協奏していく。何かに追い立てられているような感じのする旋律。と思ったら、どことなく調子はずれのワルツが始まってトランペットが歌いだしたり、ピアノが一人で走り出したり。
第1楽章のように息つく間もなく、変幻自在に展開していくので、分裂的な性格があるんじゃないかと思える楽章だった。
”ピアノとトランペットと弦楽のための”というサブタイトル通り、トランペットがかなり重要な役どころ。
最後にはロッシーニとミッキーマウスとが邂逅したような狂気じみた栄光をトランペットが歌って終わる、とライナーノートは言っている。
なかなかこの解説は面白い。そのとおりに、最後はやたら能天気な明るさで、ピアノとオーケストラが連打するなかを、トランペットのファンファーレが高らかに鳴り響いて終わっている。

第2番は、ピアニストである息子のために作曲した曲。
作曲年が25年も離れているので、さっと聴いたところでは第1番とは違う素直な明るさと調和のとれた穏やかさのある曲。
いくら2曲とも軽やかで比較的明るめの色調の曲とはいえ、中身はなかなか凝っているので、続けて聴くのはかなり精神的に疲れるものがある。2番はまた後日。

ジャズ風の曲や映画音楽ばかりだと、気の抜けたビールみたいな曲集になりそうだが、この2つのピアノ協奏曲が入っているのでとても満足できたアルバム。
第1番は表面的には緊張感や集中力を強いるような曲ではないとはいえ、よくよく考えながら聴いていると、明るく軽やかな”エンターテイナー”どころか、パロディとアイロニーのオンパレードのような結構ヘビーな曲に思えてくる。
ショスタコーヴィチがどういう思いでこの曲を書いたのかが、とても気になってしかたがない曲だった。

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2 Comments

らるふ  

ブログ読ませていただきました。
ショスタコーヴィチのピアノ協奏曲1番にはホルンは出てこないと思うのですが、いかがでしょうか。

2015/10/01 (Thu) 14:57 | REPLY |   

yoshimi  

 

らるふ様、こんにちは。

随分昔に聴いたので、中身はすっかり忘れているのですが、楽器編成を確認すると、トランペットの間違いでした。ご指摘ありがとうございました。

2015/10/01 (Thu) 15:40 | EDIT | REPLY |   

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