ジョン・カルショー著『レコードはまっすぐに~あるプロデューサーの回想』(1) 

2009, 01. 06 (Tue) 20:28

「レコードはまっすぐに」は、1940年代~60年代にかけてDECCAのプロデューサーだったジョン・カルショーの自伝。
レコード全盛期にはクラシックは聴いていなかったので、カルショーのこともこの本で初めて知った。
まずタイトルが面白い。レコードは本来まっすぐなものだが、録音にこぎつけまでに多大の苦労や、録音現場の数多くのトラブルに見舞われたカルショーは、まっすぐなレコードを作るのがどんなに大変だったかという思いがあったのだろうか。

レコードはまっすぐに―あるプロデューサーの回想レコードはまっすぐに―あるプロデューサーの回想
(2005/04/01)
ジョン カルショー

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タイトルも面白いが、中身はそれ以上。時代順に回想していくなかで、カルショーがともに仕事をした演奏家や自ら手がけた録音について書かれている。
指揮者ではカラヤン、ブリテン、アンセルメ、ショルティ、セル、モントゥー、ケルテス、クーベリック、etc。ピアニストは少なくてカーゾン、カッチェン、ルービンシュタインなどほんの数人だけ。
オペラの録音についてかなりの量がさかれているので、オペラ歌手はいろいろ出てくる。(オペラは聴かないので、オペラがらみのところはまともに読んでいないから詳しくはわからない。)

当時のDECCAの社内事情や業界構造なども詳しく書かれていて、EMIとの競合、EMIの米国キャピトル社の吸収、RCAとの提携、音楽家やオーケストラの獲得競走(ウィーン・フィル、カラヤンなどの獲得など)、普段は知ることのない舞台裏の様子がよくわかる。

本書で取り上げている録音は交響曲や管弦楽曲の録音が多いので、指揮者に関する逸話はかなり充実している。カラヤンがらみの話が多いのはわかるが、特にブリテンの「戦争レクイエム」には2章も割いている。
「戦争レクイエム」の初演と録音の両方について、そこへ至るまでの苦労(当初の作品への批判、歌手の出演交渉など)や演奏現場でのトラブル(ブリテンがわざわざ指名したロシア人女性歌手が引き起こした騒動)、販売時のジャケットデザインの選定(タイトル名だけの白黒デザイン)などに関して詳しく書かれている。
この「戦争レクイエム」の録音が大ヒットしたために、その後はブリテン作品だけでなく、イギリス人作曲家の作品の録音も含めて、予算を確保するのに苦労しなくなったそうだ。
登場する指揮者(と作曲家)の中ではブリテンが好きなので、「戦争レクイエム」に関する章はとても興味を持って面白く読めたところ。
カルショーは、ブリテンは子供を手なづけるのが抜群に上手かったと何回か書いていたり、「戦争レクイエム」の文章をみても、ブリテンの人柄に対してはとても好感を持っていたと思う。

アンセルメについては、ストラヴィンスキーの「火の鳥」「ペトルーシュカ」、コルサコフの「シェラザード」の録音が、戦後のDECCAのffrr方式を軌道に乗せたとして評価している。
彼の耳は、オーケストラのバランスについて驚異的な正確さを持っていたので、彼の創リ出す音の質自体も高かったのだという。しかし、アンセルメは、晩年に古典(ベートーヴェン、ブラームスなど)の録音に意欲を見せるが、その録音は全く売れず、そもそも向いてもいない曲の録音をさせるべきではないとカルショーは主張している。

ショルティもベートーヴェン全集を録音したがっていたが、カルショーは懐疑的。それでも手始めに数曲録音したのは良いが、やはり出来が悪くて、以後シカゴ交響楽団と全集を録音するまで、ショルティはベートーヴェンからは遠ざかることに。
カルショーは、なぜどの指揮者も「そこに山があるから」山に登るのだと言わんばかりに、全集の録音をすべきだという考えに固執するのか、いまだに理解できない」と書いている。(彼の比喩は結構面白い。)
カルショーはショルティに対してはわりと好意的で親近感を持っていたように思う。ショルティについてあちこちで言及しているが、カルショーはショルティを「巨大な寛容性を持った男」と評し、危機に直面したとき、他人が招いた欠陥を埋め合わすために、普段の2倍働く、と賞賛するように書いている。

有名な逸話では、映画「2001年宇宙の旅」では、カラヤン&ウィーン・フィルの<ツァラトゥストラかく語りき>の演奏が使われた。DECCAは使用条件として、DECCAやカラヤンの名前を一切出さないようにしたため、映画がヒットしても、他レーベルからリリースされた同曲の録音が売れに売れてしまって、カラヤンは激怒。しかし、DECCA社内ではこの使用契約がもたらした逸失利益について誰も話題にしなかったという。
これがDECCAの衰退の兆候を示す一例であって、20年後、この無気力が会社を支配し、崩壊へと導くことになる、と言うカルショー。
※最初に発売されたサントラ盤にはベーム指揮ベルリン・フィルの録音が入っていたために、映画でもその録音が使われていたと思った人も多いようだ。

本書は、あくまでカルショーの目から見た解釈や評価なので、DECCAは録音がリリースされたときのリーフレットに、この本に書かれていることに対する反論を載せているケースもあるそうだ。(カルショーは、1970年以前にDECCAを辞めて映像の世界へ転進している。)

この本に出ている主な録音については「カルショーの名録音を聴く」というブログ記事に、エピソードがまとめられている。
この本は500頁と結構な厚みがあるので、読む時間がなければ、こちらのサイトの記事を読むだけでも、かなり面白くて、実際にその録音を聴いてみたくなる。
カーゾンがセルの指揮で弾いたブラームスのピアノ協奏曲第1番をカルショーは最大限の言葉で賞賛していたので、ついついそのCDをオーダーしてしまった。

本書はクラシックの好きな人なら、結構楽しめる本。
かなりDECCA時代の内幕を明かしているところがあるが、いかに良い音楽を作るかという至上命題と、ビジネスという商業主義に加えて複雑な社内事情との狭間であれこれ苦労しているのがよくわかる。特に、指揮者や演奏家に対する彼の見解や評価は面白い。
カルショーの文章には少しシニカルなところがあるが、この一筋縄ではいかないクラシック音楽界の雰囲気や表裏を描写するのに、なかなか似合っている。

タグ:ブリテン 伝記・評論

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