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ジョン・カルショー著『レコードはまっすぐに~あるプロデューサーの回想』 (2)ピアニストに関するエピソード
1947年~67年の間、DECCAの録音プロデューサーとして活動したジョン・カルショーの自伝「レコードはまっすぐに―あるプロデューサーの回想」から、ピアニストに関する主なエピソードを拾ってみた。

この自伝に登場するピアニストはそれほど多くはない。本書で登場するピアニストに関するエピソードというのは、録音時の苦労話やトラブルにまつわることが多い。
カルショーが交響曲や協奏曲以外でも、カーゾンやカッチェンなどのピアノ独奏曲などの録音を担当していた。ピアノ独奏だと録音前や録音時に困難な状況に直面することは、(おそらくミケランジェリのようなピアニストを除いては)そうそう多くはないか、あったとしても他の厄介な録音セッションに比べれば、ささやかなものだったのではないかと思う。

レコードはまっすぐに―あるプロデューサーの回想レコードはまっすぐに―あるプロデューサーの回想
(2005/04/01)
ジョン カルショー

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シリル・スミス(イギリスのピアニスト)
ビーチャム指揮でラフマニノフのパガニーニバリエーションを弾いたときのエピソード。
ビーチャムは、情熱と気まぐれに満ち溢れている(とカルショーは言っている)。彼は、録音会場か作品のどちらかが気に食わなかったのだろうか、18変奏後に突如としてできるだけ速くこの曲を終わらせようとしたらしい。
しかし、その最後の5分間は、ピアニストにとって最大の難所。絶頂期のスミスは完璧にこの曲を弾けるが、その彼でさえ、ビーチャムの無謀なまでに速いテンポに振り切られそうになり、どうにかこうにかついていったものの、舞台から降りていく時の顔色は土気色。数年後、彼がカルショーに語ったところでは、おかげで1週間も寝込んだそうだった。


クリフォード・カーゾン
カーゾンはカルショーの生涯にわたる友人。同僚の言葉によれば「大惨事を鞄に入れて持ち歩いているような」ピアニスト。カーゾンとの録音セッションでは、どんなに警戒しても、他の誰にもおきないような不測の事態が発生したという。

<その1>
1953年、ベイヌム指揮でブラームスのピアノ協奏曲第1番を録音していた時のこと。
終楽章の冒頭のピアノによるロンド主題の8小節。いつもなら完璧に弾けるところだが、なぜかつっかえてしまう。ライブならともかく録音では見過ごせないミス。
何度も何度も弾き直したが、80人もの楽団員の前で同じ8小節を繰り返すというのは、うらやましい境遇とは言えまい、と書いているカルショー。
やっと完璧に弾けて、録音テープで確認しようとした。しかし、なぜかテープは沈黙するのみ。
エンジニアが間違って、再生モードではなく録音モードにしてしまい、大事な演奏を消去してしまったのだ。
するべきことはただ一つ。録音のやり直し。カーゾンはこのショックからか、1回で正しく弾いたのだった。
この種の事故は、危険を知ったテープのメーカーが、録音ボタンを誤って押さないように改良したことで、二度と無くなったという。(ということは、それまでは頻発していたのかもしれない。)

ブラームス : ピアノ協奏曲 第1番 ニ短調、Op.15ブラームス : ピアノ協奏曲 第1番 ニ短調、Op.15
(1999/05/22)
カーゾン(クリフォード)

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<その2>
1963年4月、リストのピアノ・ソナタを録音した時のこと。
会場のゾフィエンザールには、DECCAのスタッフによって照明が追加されていたが、オテロでも、ニーベルンゲンの指輪でも、ブルックナーのクライマックスでも、ヴェルディの怒りの日でも、オーケストラがどんなに大音響で鳴り響こうと、その照明はびくともしなかった。
しかし、カーゾンがピアニッシモのパッセージを弾いていると、突如として全てのランプが大轟音とともに落下してきたのだった。こんなことは、仕組んでもやれることではないだろう、とカルショーは書いている。

<その3>
カーゾンがアルルベルク急行でウィーンに向かったとき。スタッフが駅に出迎えにいったが、列車が到着してもカーゾンの姿はない。カーゾンの妻に聞くとカーゾンが列車に乗るのをちゃんと見送ったといい、ウィーンで出迎えにきていた友人たちはカーゾンを見なかったという。カーゾンは行方不明になってしまった。
カルショーたちがホテルやら練習場所やら方々探し回って、真夜中にまた駅へ行ってみたところ、アルルベルク急行の客車2両だけが、なぜか機関車に牽引されて遠くのホームへ移動しているところだった。
その切り離された客車にいたのがカーゾン。この客車はどういうわけか、ザルツブルグの西で本線から切り離されて、待避線内に3時間も停車していたのだった。
カーゾンはダミーの鍵盤で練習していたので、客車が切り離されたことに気づかず、彼が時刻と事態に気がついた頃には、どうしようもなかったのだった。
アルルベルク急行の歴史に前例のないこんな愚かな事件の犠牲者になれるのは、カーゾンただ一人。落下した照明と同じく、この事件もまた、彼を待っていたのだ、とカルショーは締めくくっている。

<その4>
1962年5月、カーゾンがセル指揮ロンドン交響楽団の伴奏でブラームスのピアノ協奏曲第2番を録音した時のこと。
事情をよく知らない者には、セルとカーゾンは憎しみあっているとしか見えなくても仕方がないような、愛憎の入り混じった関係をいつものように続けていた。しかし、どんなにきつい言葉がたくさん交わされようと、無礼な言葉は熱しすぎた蒸気を逃すためであり、それによって音楽自体の気圧は正常に保たれたのだった。
その結果は壮大だった。この曲に注がれた音楽的才能と洞察力は、作品そのものと同様記念碑的なものであり、DECCAの評価を決定づけるような性質のレコードだった、とカルショーは言う。(実際に、この録音は名演とされている。)

ブラームス : ピアノ協奏曲 第1番 ニ短調 作品15ブラームス : ピアノ協奏曲 第1番 ニ短調 作品15
(1999/06/02)
カーゾン(クリフォード)

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ジュリアス・カッチェン
カッチェンは、カルショーの非常に親しい友人で、家族とまで親しくなった唯一の演奏家。そのせいか、ページ数は多くはないが、ちょこちょこと登場している。

<その1>
リヒテルが1960年に鉄のカーテンを超えて初めて西側を訪問後、西側のレコード会社へのレコーディングをソ連当局が許可するらしいという話が持ち上がった。
1961年にリヒテルがパリに滞在中、欧米のレコード会社の代表たちは、リヒテルとの面会を求めて滞在先のホテルへ殺到していた。リヒテルには、滞在中の街で姿を消すことがあるという妙なクセがあった。この時もリヒテルが行方不明になって、ソ連の随行員たちは右往左往。
その晩、カルショーは寝酒を一緒に飲もうとして、友人のカッチェン夫妻宅へ行った。そこでピアノの前に座っていたのはリヒテル。天使のようにブラームスを奏でていた。カッチェンは数ヶ国語を流暢に話せたので、リヒテルもコミュニケーションがとれて、とてもくつろいだ様子だったという。

<その2>
カッチェンは、1961年に東欧からウィーンへ回る演奏旅行中に、ウィーンでハチャトリアンのピアノ協奏曲を作曲者自身の指揮で録音する予定だった。
ところが、東欧滞在中にカッチェンが政治的な発言(ベルリンの壁を非難した)をしたために、ソ連当局がこれを中傷と受け取り、ハチャトリアンにカッチェンと共演することを禁止した。結局、代役のピアニストがすぐには見つからず、ハチャトリアンのピアノ協奏曲の録音は実現しなかった。


ルービンシュタイン
当時73歳のルービンシュタインが、ロンドンでモーツァルトのピアノ協奏曲第17、20、23番を録音した時のこと。
ルービンシュタインは、彼の弾く全ての音が自分の聴衆に聴こえなくてはならない、とカルショーに何度も言っていた。カルショーにはその意味がよくわからなかったが、セッションが始まるとすぐに理解した。初めから終わりまで、情け容赦もないほど強大にピアノを響かせたい、ということだと。
ルービンシュタインが指名した指揮者のクリップスは、ルービンシュタインの要望どおり、オーケストラの音をできるだけ小さくして演奏し、ルービンシュタインは逆に雷鳴のごとくピアノが響くように大きな音量で弾いた。バランスエンジニアは対応不可能。その頃はピアノとオーケストラを2つのトラックに直接録音していたので、バランス調整ができなかったのだ。
この録音セッションを委託したRCAも、このルービンシュタインのフォルティシモへの情熱に耐えてきたらしく、この録音を聴いた結果、モーツァルトの協奏曲を発売するより費用を無駄にすることを選ぶ、とカルショーに伝えてきた。(実際に、その録音は公開されていない。)

tag : カーゾン カッチェン ルービンシュタイン 伝記・評論

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yoshimi

Author:yoshimi
<プロフィール>
クラシック音楽に本と絵・写真に囲まれて気ままに暮らす日々。

好きな作曲家:ベートーヴェン、ブラームス、バッハ、リスト。主に聴くのは、ピアノ独奏曲とピアノ協奏曲、ピアノの入った室内楽曲(ヴァイオリンソナタ、チェロソナタ、ピアノ三重奏曲など)。

好きなピアニスト:カッチェン、レーゼル、ハフ、コロリオフ、フィオレンティーノ、パーチェ、デュシャーブル、アラウ

好きなヴァイオリニスト:F.P.ツィンマーマン、スーク

好きなジャズピアニスト:バイラーク、若かりし頃の大西順子、メルドー(ソロのみ)、エヴァンス

好きな作家;太宰治、菊池寛、芥川龍之介、吉村昭、ハルバースタム、アーサー・ヘイリー
好きな画家;クリムト、オキーフ、池田遙邨、有元利夫
好きな写真家:アーウィット

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