2009.01/07(Wed)
ネッド・ローレム/ピアノ・ソナタ第2番 〜 『Julius Katchen: Decca Recordings 1949-1968』より
ネッド・ローレムは1928年生まれの米国の作曲家。
管弦楽曲からピアノ・室内楽曲まで幅広く手がけているが、特に歌曲には人気がある。
ローレムはピアノ・ソナタを全部で3曲作曲しているが、ジュリアス・カッチェンのDecca Recordings(1949-1968)に、ピアノ・ソナタ第2番の録音が収録されている。
ローレムのピアノ協奏曲は4曲あるが、第4番のコンチェルトは左手のピアノのために作曲されたもので、初演・録音はカッチェンの友人でピアニストのゲイリー・グラフマンが行っている。
グラフマンは、右手の故障で左手だけで演奏活動をしていた時期があったので、おそらくローレムがグラフマンのために作曲したのだと思う。
交響曲、協奏曲、ピアノ・ソナタ、歌曲などいくつか聴いた限りでは、初期の頃のローレムの作風は、現代音楽作曲家としては保守的で、無調音楽のような前衛性はなく、叙情性のある旋律と美しいハーモニーを随所に織り込んだ聴きやすい曲が多い。ただし室内楽曲はかなりひねりがきいてクセがある気がする。
調べてみると、若い頃パリに数年間住んでいたローレムは、プーランクやドビュッシーなどの音楽の影響を受けていると言われる。歌曲を聴いてみると確かにそういう雰囲気のする曲が多い。評判どおり歌曲は叙情的だがシンプルな旋律が美しい。
フランス近現代音楽を好む人なら、ローレムの作品をそれほど抵抗なく聴けるとは思うが、作風も時代によってかなり変遷しており、後期になるほど初期のようなフランス音楽的な薫りが薄まっているようである。
(これは、ローレムのピアノ・ソナタ第2番が収録されているCD)
ローレムは1949年の夏期休暇中にパリへ行き、その後2年間モロッコに滞在してから、パリで暮らすようになる。その間、フルブライト奨学金やグッゲンハイム奨学金を受けながら、1958年に米国へ戻っている。
カッチェンとローレムは年齢が近く、2人がパリで暮らしていた時に親交が始まったようだ。1951年に作曲されたピアノ協奏曲第2番はカッチェンのために書かれたもので、1954年にカッチェンのピアノで初演されている。
1949年に作曲されたこのピアノ・ソナタ第2番は、1952年にカッチェンがDeccaに初録音を行ったが、ローレム作品の初録音でもある。この録音によって、ローレムの名前が幅広く知られることとなった。
この曲の録音に際して、ローレムが作曲の意図や演奏解釈についてカッチェンに直接説明しているはずなので、カッチェンは作曲者がこの曲に込めた意味を十分に理解して演奏していると思う。
この曲を喩えていうとすれば、プーランクとラヴェルを足して2で割ったようなところのある曲。
不協和音的な音であってもハーモニーが美しく、フランス的なエスプリとでもいうような軽妙さやユーモア、それにほのかな暖かさが、カッチェンの演奏からは感じられる。
カッチェンが弾くこの第2番のピアノ・ソナタは、”Whim(ひらめき、想像力)”がきらきらと輝いているようで、曲のもついろいろな要素が鮮やかな音になって立ち上ってくる。
第2楽章と第4楽章はかなり速いテンポだが、カッチェンの困るくらい良く回る指で弾くと、音の粒立ちが非常に良く、一音一音がクリアで切れもあり、まるで音が跳躍し続けているような演奏。
カッチェンのピアノは、響きの硬軟や長短をいろいろ使い分けているようで、曲の表情が極めて多彩な上に目まぐるしく変化して、この曲をかなり面白く聴かせてくれる。
第1楽章 Overtune
冒頭から不協和的な音だが、どことなく懐かしい感じを抱かせる旋律で始まる。セピア色の記憶をたどってずっと昔を回想しているようなシーンが思い浮かんでくる。ハーモニー自体は非常に美しいので、聴きづらさは全くない。
アルバン・ベルクのピアノ・ソナタは不協和な音同士が崩壊寸前のぎりぎりの状態でせめぎあうかのような音楽だったが、この曲はそれとは全く違ってほとんど調和の中にある。不安定さもあまり感じさせず、美しさとどこかしら不可思議な雰囲気が漂っている。
第2楽章 Tranllera
タランテラとは、舞曲で右回りと左回りで交互に踊りテンポも加速するという踊り。
この曲も短く細かい音の塊が、非常に速いテンポで右へ行ったり、左へ行ったりと、目まぐるしく交錯する旋律。どことなくユーモラスな雰囲気がある。
第3楽章 Nocturne
ラヴェルやプーランクを思い起こさせるようなゆったりとしたロマンティックでとても美しい旋律。
カッチェンのピアノの透明感のある優しく柔らかい響きと、ほのかな暖かさのある音色が、この旋律には良く似合っている。
第4楽章 Toccata
Toccataと題しているように、細かな音の塊が高速で動き回り、第1楽章の主題の旋律がいろいろに変形して登場するという変奏曲のような楽章。
テンポは非常に速く、軽快さとダイナミックさが共存する。中間部だけはややテンポを落として、さざなみのようにアルペジオやスケールがレガートで繰り返される美しい旋律に変わる。
終盤へ向かって、再び異常に早いテンポで細かいパッセージが目まぐるしく交錯する。
ペダルは最小限にして響きを短く抑えているので、どんなに早いテンポで弾いても音の粒が綺麗に立ち上がってきて、スピード感と躍動感が抜群。音の跳躍運動を聴いているみたいな面白さがある。
アメリカの現代音楽なので、さほど期待して聴き始めたわけではなかったけれど、これがことのほか面白い曲で、カッチェンの演奏も素晴らしい出来だった。
グールドが弾いたアルバン・ベルクのピアノ・ソナタを聴いて以来、現代音楽かそれに類するピアノ・ソナタの中で、文句なく素晴らしいと思った曲である。
両曲ともピアニストの演奏の鮮やかさによって、曲のエッセンスが音になって凝縮されて聴こえてくるようなわかりやすさがある。
『ジュリアス・カッチェンにまつわるお話』
ジュリアス・カッチェンのディスコグラフィ

ローレムのピアノ・ソナタの録音はほとんど無く、米国人ピアニストのトーマス・ランナーズ(Thomas Lanners、オクラホマ大学の教授らしい)の録音しか見つからなかった。これは第1番〜第3番が収録されている。
第2番を少し試聴したけれど、音の響きがやや長く厚みがあるが、音色や響きのバリエーションが少なめで、テンポもやや遅い。この演奏はどうかなあと考えてしまうのは、現代音楽の演奏は演奏者の解釈によって、曲の印象が左右される余地がとりわけ大きいから。
第1番と第3番を録音しているCDはこれだけしかないというのが、さらに悩ましさに輪をかけている。
管弦楽曲からピアノ・室内楽曲まで幅広く手がけているが、特に歌曲には人気がある。
ローレムはピアノ・ソナタを全部で3曲作曲しているが、ジュリアス・カッチェンのDecca Recordings(1949-1968)に、ピアノ・ソナタ第2番の録音が収録されている。
ローレムのピアノ協奏曲は4曲あるが、第4番のコンチェルトは左手のピアノのために作曲されたもので、初演・録音はカッチェンの友人でピアニストのゲイリー・グラフマンが行っている。
グラフマンは、右手の故障で左手だけで演奏活動をしていた時期があったので、おそらくローレムがグラフマンのために作曲したのだと思う。
交響曲、協奏曲、ピアノ・ソナタ、歌曲などいくつか聴いた限りでは、初期の頃のローレムの作風は、現代音楽作曲家としては保守的で、無調音楽のような前衛性はなく、叙情性のある旋律と美しいハーモニーを随所に織り込んだ聴きやすい曲が多い。ただし室内楽曲はかなりひねりがきいてクセがある気がする。
調べてみると、若い頃パリに数年間住んでいたローレムは、プーランクやドビュッシーなどの音楽の影響を受けていると言われる。歌曲を聴いてみると確かにそういう雰囲気のする曲が多い。評判どおり歌曲は叙情的だがシンプルな旋律が美しい。
フランス近現代音楽を好む人なら、ローレムの作品をそれほど抵抗なく聴けるとは思うが、作風も時代によってかなり変遷しており、後期になるほど初期のようなフランス音楽的な薫りが薄まっているようである。
![]() | Julius Katchen: Decca Recordings 1949-1968 [Germany] (2006/01/02) London Symphony OrchestraSuisse Romande Orchestra 試聴する(米国amanzonの別盤にリンク。ローレムのピアノ・ソナタはDISC1のトラック6〜9) |
ローレムは1949年の夏期休暇中にパリへ行き、その後2年間モロッコに滞在してから、パリで暮らすようになる。その間、フルブライト奨学金やグッゲンハイム奨学金を受けながら、1958年に米国へ戻っている。
カッチェンとローレムは年齢が近く、2人がパリで暮らしていた時に親交が始まったようだ。1951年に作曲されたピアノ協奏曲第2番はカッチェンのために書かれたもので、1954年にカッチェンのピアノで初演されている。
1949年に作曲されたこのピアノ・ソナタ第2番は、1952年にカッチェンがDeccaに初録音を行ったが、ローレム作品の初録音でもある。この録音によって、ローレムの名前が幅広く知られることとなった。
この曲の録音に際して、ローレムが作曲の意図や演奏解釈についてカッチェンに直接説明しているはずなので、カッチェンは作曲者がこの曲に込めた意味を十分に理解して演奏していると思う。
この曲を喩えていうとすれば、プーランクとラヴェルを足して2で割ったようなところのある曲。
不協和音的な音であってもハーモニーが美しく、フランス的なエスプリとでもいうような軽妙さやユーモア、それにほのかな暖かさが、カッチェンの演奏からは感じられる。
カッチェンが弾くこの第2番のピアノ・ソナタは、”Whim(ひらめき、想像力)”がきらきらと輝いているようで、曲のもついろいろな要素が鮮やかな音になって立ち上ってくる。
第2楽章と第4楽章はかなり速いテンポだが、カッチェンの困るくらい良く回る指で弾くと、音の粒立ちが非常に良く、一音一音がクリアで切れもあり、まるで音が跳躍し続けているような演奏。
カッチェンのピアノは、響きの硬軟や長短をいろいろ使い分けているようで、曲の表情が極めて多彩な上に目まぐるしく変化して、この曲をかなり面白く聴かせてくれる。
第1楽章 Overtune
冒頭から不協和的な音だが、どことなく懐かしい感じを抱かせる旋律で始まる。セピア色の記憶をたどってずっと昔を回想しているようなシーンが思い浮かんでくる。ハーモニー自体は非常に美しいので、聴きづらさは全くない。
アルバン・ベルクのピアノ・ソナタは不協和な音同士が崩壊寸前のぎりぎりの状態でせめぎあうかのような音楽だったが、この曲はそれとは全く違ってほとんど調和の中にある。不安定さもあまり感じさせず、美しさとどこかしら不可思議な雰囲気が漂っている。
第2楽章 Tranllera
タランテラとは、舞曲で右回りと左回りで交互に踊りテンポも加速するという踊り。
この曲も短く細かい音の塊が、非常に速いテンポで右へ行ったり、左へ行ったりと、目まぐるしく交錯する旋律。どことなくユーモラスな雰囲気がある。
第3楽章 Nocturne
ラヴェルやプーランクを思い起こさせるようなゆったりとしたロマンティックでとても美しい旋律。
カッチェンのピアノの透明感のある優しく柔らかい響きと、ほのかな暖かさのある音色が、この旋律には良く似合っている。
第4楽章 Toccata
Toccataと題しているように、細かな音の塊が高速で動き回り、第1楽章の主題の旋律がいろいろに変形して登場するという変奏曲のような楽章。
テンポは非常に速く、軽快さとダイナミックさが共存する。中間部だけはややテンポを落として、さざなみのようにアルペジオやスケールがレガートで繰り返される美しい旋律に変わる。
終盤へ向かって、再び異常に早いテンポで細かいパッセージが目まぐるしく交錯する。
ペダルは最小限にして響きを短く抑えているので、どんなに早いテンポで弾いても音の粒が綺麗に立ち上がってきて、スピード感と躍動感が抜群。音の跳躍運動を聴いているみたいな面白さがある。
アメリカの現代音楽なので、さほど期待して聴き始めたわけではなかったけれど、これがことのほか面白い曲で、カッチェンの演奏も素晴らしい出来だった。
グールドが弾いたアルバン・ベルクのピアノ・ソナタを聴いて以来、現代音楽かそれに類するピアノ・ソナタの中で、文句なく素晴らしいと思った曲である。
両曲ともピアニストの演奏の鮮やかさによって、曲のエッセンスが音になって凝縮されて聴こえてくるようなわかりやすさがある。
『ジュリアス・カッチェンにまつわるお話』
ジュリアス・カッチェンのディスコグラフィ

ローレムのピアノ・ソナタの録音はほとんど無く、米国人ピアニストのトーマス・ランナーズ(Thomas Lanners、オクラホマ大学の教授らしい)の録音しか見つからなかった。これは第1番〜第3番が収録されている。
第2番を少し試聴したけれど、音の響きがやや長く厚みがあるが、音色や響きのバリエーションが少なめで、テンポもやや遅い。この演奏はどうかなあと考えてしまうのは、現代音楽の演奏は演奏者の解釈によって、曲の印象が左右される余地がとりわけ大きいから。
第1番と第3番を録音しているCDはこれだけしかないというのが、さらに悩ましさに輪をかけている。
![]() | Rorem: The Three Piano Sonatas (2007/05/29) Thomas Lanners |
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