2009.01/09(Fri)
レオン・フライシャー 「TWO HANDS 〜 ピアノ作品集」
米国人ピアニストであるレオン・フライシャーの両手による演奏活動復帰後の初アルバム「TWO HANDS」。
1928年生まれのフランシャーは、米国のピアニスト・指揮者。シュナーベルに師事し、1944年に16歳でニューヨーク・フィルハーモニックと共演、1952年にはエリザベート王妃国際コンクールで優勝した米国人初のピアニスト。
その後は華々しい演奏活動を展開し、米国内の一流オーケストラとの共演、セル指揮クリーヴランド管弦楽団とベートーヴェン、ブラームス、グリーグ、シューマンのピアノ協奏曲やラフマニノフのパガニーニ狂詩曲など、数多くの名演の録音を残している。
しかし、まさに絶頂期にある1965年、ジストニアを患って右手の2本の指が動かなくなり、ついには字を書くこともできなくなった。フライシャーは37歳という若さでピアニストとしての演奏活動を中止することを余儀なくされた。
米国のピアノ界は、すでに1954年にウィリアム・カペル(31歳)を飛行機事故で失い、1969年にはジュリアス・カッチェン(42歳)を肺がんで失う。レオン・フライシャーの右手故障による事実上の引退は、それと並ぶ衝撃的な出来事であり、卓抜した米国人ピアニストを相次いで3人も失うことになった。
フライシャーは、その後指揮者・教育者として活動し、左手だけでピアノを弾くことで、限られたレパートリーによる演奏活動を続けるようになった。
「私の人生で最も大事なことは、両手で演奏することではないと気づいたのだ」とフライシャーは語るが、両手でピアノを弾くことを完全に諦めることはできなかった。
最近になってボトックス療法によりようやく右手の機能が回復し、2004年には両手でピアノを弾いて演奏したアルバム「Two Hands」を40年ぶりにリリースした。
「ついに、再び両手でピアノが弾けた。その時の気持ちをフライシャーはインタビューで、「メル・ギブソンに対する答え」と語っている。キリストの死をリアルに描いた映画「パッション」の監督のギブソンに対する答えということは、「神が見捨てなかった」という意味なのだろう。」(梅津時比古「両手の音」)
このアルバムのフライシャーは、かつてのようなヴィルトオーゾの面影はない。右手の機能が回復したとしても100%ではないだろうし、40年近くのブランクがあるので、過去のような演奏を期待することはできないのも無理はない。「私はいつも自分に演奏できるレパートリーを探している−ボトックスを使っても、できないことがあるので。」とフライシャーと言う。
しかし、2004年11月18日ケネディ・センター・コンサート・ホールにおいて、レナード・スラトキン指揮ワシントン・ナショナル交響楽団の伴奏で、ベートーヴェン「ピアノ協奏曲第5番<皇帝>」をフライシャーは弾いている。
右手を故障する前に、ジョージ・セル指揮クリーブランド管弦楽団との名演が残されている<皇帝>。
フライシャーの演奏にはミスタッチや指がもつれかけたようなところもあったというが、奇跡的な復活を遂げたフライシャーに対して、満員の聴衆は総立ちで拍手を送ったという。
すでに76歳のフライシャーは、バッハ、スカルラッティ、ショパン、ドビュッシーのピアノ小品にシューベルトの最後のピアノ・ソナタを弾いている。
どの演奏も、何の衒いもなく全くの自然体で演奏しているかのようで、ピアノを弾く喜びがじわじわと滲み出ている。
スピーカーから流れるピアノの響きは、明るく素直な伸びやかさがあり、とても美しく心地よい響きである。
右手が故障する前に録音したブラームスのヘンデルバリエーションは、若々しさと率直さに溢れた演奏が素晴らしかったが、それから40年以上経た今でも、その頃の演奏を思い出させるところがある。
バッハのコラール2曲。いずれもピアノ・ソロに編曲したもの。
フライシャーのバッハには、内面にある感情が外へと流れ出していくような開放的な自由さがある。
特に「羊は安らかに草をはむ」は、とても素朴な旋律から、彼の喜びが伝わってくるような曲。右手で弾く高音の旋律がとても優しく美しい。
スカルラッティのソナタはとても明るく愛らしい曲。フライシャーの澄み切った明るさと煌きのある音色で弾くこのソナタからは、素直な心と暖かさが伝わってくる。
この3曲はシンプルな旋律だけど、選曲と演奏がとても良くて何度でも聴きたくなる。
「羊は安らかに草をはむ」を弾くフライシャーの映像[Youtube]
ドビュッシーの「月の光」は、暗闇を優しく照らし出してくれるような光。まるで春の月夜のような暖かさがある。
シューベルトの最後のピアノ・ソナタ。フライシャーが1956年のデビューアルバムで弾いた曲。
シューベルトの最後のソナタに諦観が流れているとは言われるが、フライシャーのピアノには諦観めいた悟りは感じない。
暗さや絶望といった翳りも見せはするが、それ以上に、最後に残された大事なものを慈しむかのような、何の気負いもない自然な感情が音楽の中に流れている。
彼の音色には明るさと温もりがあり、響きは柔らかく優しい。ピアニスト人生の半分以上を右手の故障で失ったために、あまりにも多くのものを諦め、断念せざるを得なかったに違いないが、何よりも再び両手でピアノを弾ける喜びが優っているのだと思えてくる。
ペライアが右手の故障でしばらくピアノを弾けなくなって、ようやく復帰した後に弾いたバッハのゴルトベルク変奏曲も、喜びと明るさに満ちていたのを思い出す。
この最後のピアノ・ソナタで、理知的なシューベルトや死の影があるような陰鬱なシューベルトを聴いていると疲れるものがあるが、フライシャーが弾く明るさと優しさに照らされたシューベルトはとても美しく神々しい。
「ピアノ・ソナタ第21番」を弾くフライシャの映像[Youtube]
このアルバムのリリースに寄せて、レオン・フライシャーが語った内容がコロムビアのホームページに記載されている。
http://columbia.jp/fleisher/index2.html
<収録曲>
バッハ(マイラ・へス編曲):「心と口と行いと命もて」 BWV 147 - 「主よ、人の望みの喜びよ」
バッハ(エゴン・ペトリ編曲):狩のカンタータ「わが楽しみは、元気な狩のみ」 BWV 208 - 「羊は安らかに草をはむ」
スカルラッティ:ソナタ ホ長調 K.380/L.23/P.483
ショパン:マズルカ第32番、ノクターン第8番
ドビュッシー:ベルガマスク組曲より「月の光」
シューベルト:ピアノ・ソナタ第21番 変ロ長調
国内盤のみ2枚組みで、2枚目のCDにはラヴェルの「左手のためのピアノ協奏曲」(コミッシオーナ指揮ボルチモア響)が収録されている。
輸入盤は1枚のみだが、別の輸入盤でラヴェル、プロコフィエフ、ブリテンの左手のためのピアノ協奏曲(小澤指揮ボストン響)が3曲収録されているので、それと合わせて2枚購入するという方法もある。価格的にさほど変わらず、ピアノ協奏曲が3曲も聴けるという点が良い。
1928年生まれのフランシャーは、米国のピアニスト・指揮者。シュナーベルに師事し、1944年に16歳でニューヨーク・フィルハーモニックと共演、1952年にはエリザベート王妃国際コンクールで優勝した米国人初のピアニスト。
その後は華々しい演奏活動を展開し、米国内の一流オーケストラとの共演、セル指揮クリーヴランド管弦楽団とベートーヴェン、ブラームス、グリーグ、シューマンのピアノ協奏曲やラフマニノフのパガニーニ狂詩曲など、数多くの名演の録音を残している。
しかし、まさに絶頂期にある1965年、ジストニアを患って右手の2本の指が動かなくなり、ついには字を書くこともできなくなった。フライシャーは37歳という若さでピアニストとしての演奏活動を中止することを余儀なくされた。
米国のピアノ界は、すでに1954年にウィリアム・カペル(31歳)を飛行機事故で失い、1969年にはジュリアス・カッチェン(42歳)を肺がんで失う。レオン・フライシャーの右手故障による事実上の引退は、それと並ぶ衝撃的な出来事であり、卓抜した米国人ピアニストを相次いで3人も失うことになった。
フライシャーは、その後指揮者・教育者として活動し、左手だけでピアノを弾くことで、限られたレパートリーによる演奏活動を続けるようになった。
「私の人生で最も大事なことは、両手で演奏することではないと気づいたのだ」とフライシャーは語るが、両手でピアノを弾くことを完全に諦めることはできなかった。
最近になってボトックス療法によりようやく右手の機能が回復し、2004年には両手でピアノを弾いて演奏したアルバム「Two Hands」を40年ぶりにリリースした。
「ついに、再び両手でピアノが弾けた。その時の気持ちをフライシャーはインタビューで、「メル・ギブソンに対する答え」と語っている。キリストの死をリアルに描いた映画「パッション」の監督のギブソンに対する答えということは、「神が見捨てなかった」という意味なのだろう。」(梅津時比古「両手の音」)
![]() | トゥー・ハンズ (2004/11/25) フライシャー(レオン) 試聴する |
このアルバムのフライシャーは、かつてのようなヴィルトオーゾの面影はない。右手の機能が回復したとしても100%ではないだろうし、40年近くのブランクがあるので、過去のような演奏を期待することはできないのも無理はない。「私はいつも自分に演奏できるレパートリーを探している−ボトックスを使っても、できないことがあるので。」とフライシャーと言う。
しかし、2004年11月18日ケネディ・センター・コンサート・ホールにおいて、レナード・スラトキン指揮ワシントン・ナショナル交響楽団の伴奏で、ベートーヴェン「ピアノ協奏曲第5番<皇帝>」をフライシャーは弾いている。
右手を故障する前に、ジョージ・セル指揮クリーブランド管弦楽団との名演が残されている<皇帝>。
フライシャーの演奏にはミスタッチや指がもつれかけたようなところもあったというが、奇跡的な復活を遂げたフライシャーに対して、満員の聴衆は総立ちで拍手を送ったという。
すでに76歳のフライシャーは、バッハ、スカルラッティ、ショパン、ドビュッシーのピアノ小品にシューベルトの最後のピアノ・ソナタを弾いている。
どの演奏も、何の衒いもなく全くの自然体で演奏しているかのようで、ピアノを弾く喜びがじわじわと滲み出ている。
スピーカーから流れるピアノの響きは、明るく素直な伸びやかさがあり、とても美しく心地よい響きである。
右手が故障する前に録音したブラームスのヘンデルバリエーションは、若々しさと率直さに溢れた演奏が素晴らしかったが、それから40年以上経た今でも、その頃の演奏を思い出させるところがある。
バッハのコラール2曲。いずれもピアノ・ソロに編曲したもの。
フライシャーのバッハには、内面にある感情が外へと流れ出していくような開放的な自由さがある。
特に「羊は安らかに草をはむ」は、とても素朴な旋律から、彼の喜びが伝わってくるような曲。右手で弾く高音の旋律がとても優しく美しい。
スカルラッティのソナタはとても明るく愛らしい曲。フライシャーの澄み切った明るさと煌きのある音色で弾くこのソナタからは、素直な心と暖かさが伝わってくる。
この3曲はシンプルな旋律だけど、選曲と演奏がとても良くて何度でも聴きたくなる。
「羊は安らかに草をはむ」を弾くフライシャーの映像[Youtube]
ドビュッシーの「月の光」は、暗闇を優しく照らし出してくれるような光。まるで春の月夜のような暖かさがある。
シューベルトの最後のピアノ・ソナタ。フライシャーが1956年のデビューアルバムで弾いた曲。
シューベルトの最後のソナタに諦観が流れているとは言われるが、フライシャーのピアノには諦観めいた悟りは感じない。
暗さや絶望といった翳りも見せはするが、それ以上に、最後に残された大事なものを慈しむかのような、何の気負いもない自然な感情が音楽の中に流れている。
彼の音色には明るさと温もりがあり、響きは柔らかく優しい。ピアニスト人生の半分以上を右手の故障で失ったために、あまりにも多くのものを諦め、断念せざるを得なかったに違いないが、何よりも再び両手でピアノを弾ける喜びが優っているのだと思えてくる。
ペライアが右手の故障でしばらくピアノを弾けなくなって、ようやく復帰した後に弾いたバッハのゴルトベルク変奏曲も、喜びと明るさに満ちていたのを思い出す。
この最後のピアノ・ソナタで、理知的なシューベルトや死の影があるような陰鬱なシューベルトを聴いていると疲れるものがあるが、フライシャーが弾く明るさと優しさに照らされたシューベルトはとても美しく神々しい。
「ピアノ・ソナタ第21番」を弾くフライシャの映像[Youtube]
このアルバムのリリースに寄せて、レオン・フライシャーが語った内容がコロムビアのホームページに記載されている。
http://columbia.jp/fleisher/index2.html
<収録曲>
バッハ(マイラ・へス編曲):「心と口と行いと命もて」 BWV 147 - 「主よ、人の望みの喜びよ」
バッハ(エゴン・ペトリ編曲):狩のカンタータ「わが楽しみは、元気な狩のみ」 BWV 208 - 「羊は安らかに草をはむ」
スカルラッティ:ソナタ ホ長調 K.380/L.23/P.483
ショパン:マズルカ第32番、ノクターン第8番
ドビュッシー:ベルガマスク組曲より「月の光」
シューベルト:ピアノ・ソナタ第21番 変ロ長調
国内盤のみ2枚組みで、2枚目のCDにはラヴェルの「左手のためのピアノ協奏曲」(コミッシオーナ指揮ボルチモア響)が収録されている。
輸入盤は1枚のみだが、別の輸入盤でラヴェル、プロコフィエフ、ブリテンの左手のためのピアノ協奏曲(小澤指揮ボストン響)が3曲収録されているので、それと合わせて2枚購入するという方法もある。価格的にさほど変わらず、ピアノ協奏曲が3曲も聴けるという点が良い。
![]() | Ravel, Prokofiev, Britten: Piano Works for the Left Hand (1993/01/12) Benjamin Britten、 |
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