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カッチェン《Decca Recodings 1949-1968》より ~ ラヴェル/左手のためのピアノ協奏曲,ピアノ協奏曲
ラヴェルが書いたピアノ協奏曲は、両手で弾くト長調協奏曲と左手だけで弾く二長調協奏曲の2曲が残っている。
両手版のト長調の方が有名で演奏機会が多くて、それに比べると左手で弾くニ長調の方は録音も実演もやや少ない。
この2つのピアノ協奏曲は並行して作曲されたせいか、作風に明暗の違いはあっても、ジャズ風や東洋風のエキゾチックな旋律がでてきたりするのが、ちょっと似ている。
右手の協奏曲は、元々は”バスク風ラプソディ”として着想された曲で、第1楽章と第3楽章はそれを元に書かれている。
左手のコンチェルトは、戦争で第一次世界大戦で右手を失ったピアニストのウィトゲンシュタインの委嘱により書かれたもので、”両手で弾いているような幻想を聴衆に与える”ことを意図しているとてもピアニスティックな曲。
この曲はその技巧的難易度の高さゆえにエピソードがついていて、委嘱者のヴィトゲンシュタインが、自分で弾くには難しすぎて適当に改編して弾いて、ラヴェルを怒らせたというのは有名。
コルトーにいたっては、左手だけで弾くこと自体は限定的な要素だとして、左手のソロパートを両手用に編曲した版を作って、ラヴェル家の人たちを激怒させたほど。

ラヴェルがこの2曲のピアノ協奏曲を作曲したのは、原因不明の病にかかった後の頃で、記憶障害や言語障害の症状が進行していったために、頭から音を絞りだすような苦労をして生み出した作品。
ラヴェルは右手の協奏曲を自分で初演したくて、リストの『超絶技巧練習曲』を一生懸命練習したけれど、結局病気のためにそれも断念せざるをえず、マルグリット・ロンが代役のソリストとして演奏した。
ラヴェルの病気とピアノ協奏曲に関するエピソードについて<音楽と映画の周辺>というブログの記事が参考になります。

どちらかというと、左手のコンチェルトのピアニスティックな華やかさと、光と影が交錯するような重々しくドラマティックな雰囲気が好きなので、聴くのもこちらの方が多い。
左手に要求される技巧レベルがかなり高いのでそう簡単に弾けるというわけではないせいか、両手の方の協奏曲だけ録音して、左手の方は録音していないピアニストは多い。

カッチェンはラヴェルの協奏曲は2曲とも録音していて、両手のト長調協奏曲が1965年、左手のニ長調協奏曲が1968年11月の録音で、いずれも伴奏はケルテス指揮ロンドン交響楽団。
ラヴェルの左手のコンチェルトは、カッチェンの最後に録音となった曲。この録音の5ヶ月後に肺がんで亡くなることになるとは思えないほど、演奏のどこにも病の影が感じられない。最後の公開演奏となった12月のコンサートでも、この左手のコンチェルトを弾いていた。

両手のピアノ協奏曲はミケランジェリの録音が定番(の一つ。アルゲリッチも有名?)で、よく聴くのはミケランジェリかロジェ。
左手のコンチェルトは、フランソワの演奏が有名だけれど、弾き崩すようなタイプのピアニストは好きではないので、聴くのはカッチェン、ロジェ、フライシャー。
カッチェンの録音をとりあげているブログは少ないけれど、”鎌倉スイス日記”のSchweizer_Musikさんが、左手のコンチェルトのフランソワとカッチェンの録音に関する記事を書かれていて、これは全くその通りですね~と同感。


Julius Katchen: Decca Recordings 1949-1968 [Germany]Julius Katchen: Decca Recordings 1949-1968 [Germany]
(2006/01/02)
London Symphony Orchestra,Suisse Romande Orchestra

試聴ファイル



 左手のためのピアノ協奏曲ニ長調(1930年)

Lentoの冒頭はとても重苦しい雰囲気で、ラヴェルの《ボレロ》に似た感じがする旋律。コントラファゴットが息の暗い音色の息の長い主題を弾き、コントラバスのゴーゴーと低く太い響きがとても厳か。
やがて霧が晴れたように管楽器が高らかと鳴り響いて、山の頂が急に目の前に現われたような壮大な雰囲気。
その雰囲気を受け継いだピアノソロは、8度離れた低音の和音移動でプロローグのように荘重に響き、すぐに華やかなアルペジオに変わり、ちょっと東洋風のエキゾチックな香りも漂う旋律。両手のピアノ協奏曲の第1楽章の始めの方にも、似たような雰囲気の旋律が出てくる。
カッチェンの低音は太く力強くて弾力があるクリアな響きで、この曲の荘重さにぴったり。音の詰まった和音移動でも切れ良くシャープで、柔らかなタッチで弾く高音域の旋律の間に、低音の和音がゴンゴンと鳴り響き、まるで両手で弾いているようなパッセージが続く。
最後はトゥッティに切り替わって、厚みのある弦楽と大きく鳴り響く管楽は相変わらず勇壮な雰囲気で、この楽章は歴史スペクタクルのプロローグ風。

次はピアノソロで始まる中間部。Piu Lentoなので、最初はとてもゆったりとした叙情的な旋律は、静かな湖に佇んでいるような瑞々しさと透明感。硬質でクリアなピアノの響きは音が濁ることなく明瞭で、でもどこか温もりのあるところは両手の協奏曲の第2楽章と似ている。
続いてピアノがAndanteの分散和音に変わり、助走するように徐々に動きが活発になり、ピアノが細かいパッセージを弾く一方、その上をオケが複数のモチーフを弾いていき、ついには突如行進曲風に。ちょっとジャジーな雰囲気もするかな。
ここはピアノとオケが三度重音の下降スケールを何度も弾いていて、ピアノの急降下するようなすこぶる歯切れの良いタッチとっても印象的。
ここから曲想がコロコロと変わっていき、森で動物達が遊んでいるような細かくリズミカルで楽しげな旋律が出てきたと思ったら、突然静かになって第1楽章の主題が再び現われて、黄昏たような響きで管楽器が旋律を弾き、いろんな打楽器が交代でリズムを刻み、ラヴェルの《ボレロ》を連想するようなオスティナートが現われたり、etc.
厚みのあるオケの伴奏を、ピアノは蝶のように軽やかに舞って、いろんなモチーフがオーバーラップしながら、目まぐるしく移り変わっていくのはコラージュ風。個々のモチーフは性格がはっきり違っていて印象的なので、流れはちょっとつかみ所がないところはあっても、とても面白い楽章。

終盤は再び冒頭の重苦しい旋律が変形されて現われ、すぐに細かなアルペジオのソロが華やかなピアノのカデンツァ。
静かに湖面を蝶が舞っているような水気と透明感のあるピアノの響きがとても幻想的で、クレッシェンドしながら、今までに現われたいくつかのモチーフがアルペジオの中に織り込まれていくところは回想シーンのよう。
カッチェンが弾くアルペジオはとても美しく、クリアな響きでモチーフを明瞭に浮き上がらせながら、カスケードのように滑らかなレガートで音が流れていくところが鮮やか。
最後はボレロのような主題の旋律が現われて、兵隊が行進する足音のようなダッダッというオケの伴奏と、警告するような響きのトランペットが重なり、ピアノの低音の力強い下降スケールがさらに加わってエンディング。

耳から聴いているだけでも、ピアノパートが左手だけで弾いているとはわからないくらいに、ピアノの音の密度が高く、低音~高音域まで幅広く動き回っている。
この音の動きを実際楽譜でみてみると、両手で弾いても苦労しそうな雰囲気。難曲と言われるのもなるほどと思えるくらいに、左手が右手並(それもすこぶる指回りがよく筋力がないといけない)に動かないとスラスラとは弾けない感じ。

楽譜を見ると、和音、アルペジオ、単音の旋律が、曲想の違いに応じて、わりとセクションごとにまとまって分かれて出てくる。
アルペジオはかなり凝っていて、それもふんだんに使われている。
3~4オクターブくらいに渡っているところもざらにあり、それも高速で音の数が多く、和音と単音が混在していたり、一部が持続音になって同時に別の音(和音や単音)をアルペジオや跳躍で弾くところもあるので、ペダリングが上手くないと、音が濁ったり、持続音が聞こえなかったりしそう。
一方、オケは比較的息の長い旋律が多く、重々しく堂々とした雰囲気で、ピアノはどちらかというと伴奏的に華やかに動き回っているところも多い。
途中、ピアノが休止する部分があったり、緩徐楽章の最初の方で単音だけでゆったり弾くところがあるので、そこでちょっと一息。
プロのピアニストでも、右手と左手の技巧レベルに多少差があるんじゃないか思うので、かなり腕に(左手に)自信がないとまず技術的に弾きこなすのに苦労しそう。

楽譜を見ながら聴くと、余計にこの曲の難しいところが視覚的にも実感できる。
実際にピアニストの手の動きを見てみたいなら、レオン・フライシャーのライブ映像(ニコニコ動画)で。



 ピアノ協奏曲ト長調(1931年)

第1楽章 Allegramente
冒頭はパレードのファンファーレのように明るくカラフル。ピアノはグリッサンドでハープのような響きがとても華やか。
序奏部分が終ると、テンポが落ちて、ガーシュインのような和音の響きやジャジーな雰囲気の旋律に変わってちょっと物憂げ。東洋(というかオリエンタル風)のエキゾチックな雰囲気の旋律も加わって、和洋折衷のような面白い雰囲気。
再び、テンポが上がって、冒頭に帰ったようにメカニカルなパッセージが続いて、一瞬”ゴジラ”の旋律が聴こえたり、ピアノが目まぐるしく動き回って、再びジャジーな雰囲気の主題が現われる。
カッチェンのピアノは、タッチがシャープで音は弾力があってやや太めの丸く温もりのある響き。ミケランジェリで聴くと冷たく研ぎ澄まされた精緻で隙のない完璧さを感じるけれど、それとは違って、明るめの色調で伸び伸びと快活な感じがする。

第2楽章 Adagio Assai
シンプルで叙情的な主題がとても美しくて有名な楽章。
やや強めの鋭いタッチで弾くところと、カッチェン独特の羽毛のように柔らかで消え入りそうな弱音で弾くところが混ざり合って、この強さと儚さが交錯するピアノが特に綺麗。
硬質で透明感のある音色と響きには、ほのかにまろやかさや温もりがあるので、ミケランジェリの研ぎ澄まされた怜悧な響きとは違って、ほのぼのとするものがある。
終盤近く管楽器の背後でピアノが伴奏してカスケードのように弾くところは、夢見るようなピアノの音がとても綺麗に響いていて、まるで天使が舞い降りてくるようにピュアな美しさ。

第3楽章 Presto
この楽章はジャジーな雰囲気と、あの「ゴジラ」のテーマが聴こえてくるので有名。
ラヴェルを尊敬していた「ゴジラ」の作曲者の伊福部昭が、このコンチェルトの旋律を転用したせいなので本家本元はラヴェル。でも、私にはどうしても”ゴジラ、ゴジラ”と聴こえてきてしまう。
カッチェンのピアノは持ち前の指回りの良さを生かして、弾力のある切れの良いタッチでテンポも速く、ピアノの細かいパッセージがとてもリズミカル。
ロジェのようなフランス風の軽妙で洒落た感じではないけれど、ピアノの勢いのあるメカニカルな動きがとても躍動的でどことなくユーモラス。

 『ジュリアス・カッチェンにまつわるお話』

 ジュリアス・カッチェンのディスコグラフィ

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Author:yoshimi
<プロフィール>
クラシック音楽に本と絵・写真に囲まれて気ままに暮らす日々。

好きな作曲家:ベートーヴェン、ブラームス、バッハ、リスト。主に聴くのは、ピアノ独奏曲とピアノ協奏曲、ピアノの入った室内楽曲(ヴァイオリンソナタ、チェロソナタ、ピアノ三重奏曲など)。

好きなピアニスト:カッチェン、レーゼル、ハフ、コロリオフ、フィオレンティーノ、パーチェ、デュシャーブル、アラウ

好きなヴァイオリニスト:F.P.ツィンマーマン、スーク

好きなジャズピアニスト:バイラーク、若かりし頃の大西順子、メルドー(ソロのみ)、エヴァンス

好きな作家;太宰治、菊池寛、芥川龍之介、吉村昭、ハルバースタム、アーサー・ヘイリー
好きな画家;クリムト、オキーフ、池田遙邨、有元利夫
好きな写真家:アーウィット

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